第2話|いじられキャラになった理由と本音

育毛ストーリー

「まだハゲてない」
そう思っていたからこそ、俺は笑えた。

笑われる前に、自分からネタにする。
そのほうが楽だったし、傷つかない気がしていた。

でも、笑いに変え続けた1年は、
確実に何かを削っていた。

これは、“ハゲてないハゲキャラ”として生きた
あの頃の本音の話だ。

笑われる前に、笑わせるという防御

「お前さ、最近ちょっときてるよな」

あの一言から、空気は少し変わった。
冗談の延長線。
でも、ネタとして“使える”感じになった。

だったら――
いじられる側でいるより、回す側になったほうがいい。

それが、当時の俺の判断だった。

先にネタにすれば、傷は浅い

最初に気づいたのは自分だった。

あ、これ先に言ったほうが楽だ。

だから俺は、自分からハゲネタを振るようになった。

「将来有望なんで、今のうちに写真撮っといてくださいよ」
「生え際が後退してるんじゃなくて、俺本体が前進してるんで」

笑いが起きる。
空気は和む。

うまくやれている気がした。

先に刃を握れば、刺されない。
そう思っていた。

「まだハゲてない」からできた余裕

本気でハゲているとは思っていなかった。
だからこそ、余裕があった。

これはあくまで“疑惑”。
まだ確定じゃない。

ネタにできるのは、安全圏にいる証拠。

そう自分に言い聞かせていた。

もし本気でやばいと思っていたら、
あんなふうに笑えなかったはずだ。

主導権を握っているつもりだった

自分から話題に出せば、主導権を握れる。
誰かに真顔で言われるより、
自分で笑いに変えたほうが圧倒的に楽だ。

そうやって、うまく立ち回っているつもりだった。

でも本当に握っていたのは、主導権じゃない。
ただの“予防線”だった。

傷つく前に、笑う。
認める前に、ネタにする。

その防御は確かに機能していた。

ただし――
少しずつ、自分の本音まで削りながら。

誕生日プレゼントという公開処刑

それは、ちょっとした悪ノリの延長だった。

職場で祝ってもらった誕生日。
ありがたい。普通にうれしい。

でも――
包みを開けた瞬間、空気が一段階跳ねた。

育毛剤で爆笑が起きた日

箱の中に入っていたのは、育毛剤。

その瞬間、爆笑。

「早めの対策な!」
「将来に投資しとけ!」

俺も腹を抱えて笑った。
正直、うまいと思ったし、場はめちゃくちゃ盛り上がった。

ダメージは――ない。
そのはずだった。

でも、ほんの一瞬だけ時間が止まった。

プレゼントって、本音が少し混ざる。
冗談100%では、ない。

ベジータTシャツの意味

さらに別の後輩からもプレゼントをもらった。

ドラゴンボールのベジータのTシャツ。
しかも、戦闘服

あの誇り高きサイヤ人。
そして、特徴的すぎる生え際。

また爆笑。
「似合うじゃないですか!」

俺もノリよく受け取った。
イジってくる人にはギャリック砲をお見舞いした。

でも、ふと考える。

これを“完全にハゲ扱いしている人間”に、
本気で渡せるか?

たぶん、渡せない。

「まだいけるライン」という錯覚

つまりこれは、“まだいけるライン”のいじりだ。

本気じゃない。
でも、完全な冗談でもない。

俺はまだネタ枠。
本物ではない。

そう思うことで、自分を安心させた。

ネタとして成立しているうちは安全圏。
そう信じたかった。

でも本当は――
もう一歩、踏み込まれていたのかもしれない。

ハゲてないハゲキャラの立ち位置

俺は、自分のポジションをちゃんと理解していた。

“ハゲてないけど、いじれる人”。

これは、わりと強い立場だ。
自分からネタを出せば空気を回せるし、場も盛り上がる。

深刻じゃないから笑える。
だから、俺はそのポジションに居続けた。

ネタにできるうちは安全圏?

ネタにできるうちは、まだ大丈夫。
そう思っていた。

本当にやばい人は、きっと笑えない。
触れちゃいけない空気になるはずだ。

俺は笑われていたけど、同時に笑わせてもいた。
だからセーフ。
まだこっち側。

そうやって、自分でラインを引いて安心していた。

鏡の前では笑えない

でも家に帰ると、空気はない。
盛り上げる必要もない。

洗面所の鏡の前に立つ。
前髪を上げる。
照明の下でじっと見る。

そこには“ネタ”じゃない自分がいる。

誰も笑っていない。
笑わせる相手もいない。

ほんの少しだけ、真顔になる瞬間があった。

「まだ大丈夫」と誰に言っていたのか

「……まだ大丈夫」

その言葉を、俺は何度もつぶやいた。

でもあれは、誰に向けた言葉だったんだろう。
先輩か?
同僚か?

いや、違う。

たぶん、自分だ。

本音を見ないようにするための呪文。
不安を確定させないための言い訳。

俺はまだ“ハゲてないハゲキャラ”。

その肩書きにしがみつきながら、
静かに進んでいく現実から、少しだけ目を逸らしていた。

削れていたのは髪じゃない

あの頃の俺は、よくこう言っていた。

「別に気にしてないっすよ」

本気でそう思おうとしていたし、
できているつもりだった。

でも今なら分かる。

本当に削れていたのは、髪じゃない。
もっと目に見えないものだった。

強風の日にだけ身構える理由

普段は平気な顔をしている。
バス停でも、外出中でも、堂々としている。

でも、強風の日だけは違った。

ビル風が吹くと、無意識に前髪を押さえる。
エレベーターの鏡で、一瞬だけチェックする。

「いや、別に気にしてないけど」

そう思いながら、ちゃんと気にしている。
その矛盾が、じわっと心に残る。

気にしてないフリの代償

ネタにして、笑って、盛り上げて。

その場ではヒーローみたいな気分になる。
うまく立ち回っている感覚もある。

でも、本音を押し込める回数が増えるたびに、
何かが少しずつ摩耗していく。

「まだ大丈夫」
「全然気にしてない」

その言葉を重ねるほど、
逆に意識がそこに集中していく。

フリを続けるのは、地味に疲れる。

自信は、音もなく減っていく

髪は急にはなくならない。
でも、自信はゆっくり減っていく。

写真を撮るとき、少しだけ角度を気にする。
飲み会の席で、無意識に明るい場所を避ける。

ほんの小さな選択の積み重ね。

誰にも気づかれないレベル。
でも自分だけは分かっている。

削れていたのは、生え際じゃない。

「まあ俺なら大丈夫だろ」という、
あの根拠のない自信だった。

本当に怖かったのは“確定”だった

今ならはっきり言える。

俺が怖かったのは、ハゲることそのものじゃない。

“確定”することだった。

グレーでいるうちは、逃げ道がある。
疑惑の段階なら、笑ってごまかせる。

でも、確定した瞬間。
それはもうネタではなくなる。

ネタじゃなくなる瞬間

今はまだ笑える。
いじられても返せる。

でも、もし本当に進行していたら?

笑いが起きなくなったら?
触れてはいけない空気になったら?

その瞬間、俺はどう振る舞えばいい?

ネタにできなくなったとき、
俺は何者になるんだろう。

それを考えると、少しだけ息が詰まった。

「マジでやばいぞ」と言われる未来

冗談混じりじゃないトーンで、

「お前、マジでやばいぞ」

と言われる日。

その未来が、ぼんやり見えていた。

笑いなし。
フォローなし。
ガチの心配。

それを向けられた瞬間、
もう後戻りはできない気がしていた。

まだ引き返せると思っていた

でも、当時の俺はどこかで思っていた。

まだ引き返せる。
まだ大丈夫。

本気を出せばどうにかなる。
そのうちちゃんと考えればいい。

今日じゃなくていい。
今じゃなくていい。

そうやって、決断を先送りにした。

確定させないために動かない。
でも――
動かないこと自体が、静かに“確定”へ近づいているとは、
まだ本気で理解していなかった。

あの頃の俺へ

今だから言えることがある。

あの1年は、ただの“助走”なんかじゃなかった。

ちゃんと分岐点だった。

何もしていないつもりで、
ちゃんと未来を選んでいた時間だった。

笑いに変えるのは悪くない

まず言っておきたい。

笑いに変えること自体は、悪くない。

空気を和ませるのは才能だし、
自分からネタにできる強さもある。

あのときの俺は、ちゃんと場を回していた。
逃げているだけじゃなかった。

そこは、今でも少し誇っていいと思っている。

でも本音まで笑い飛ばすな

ただひとつだけ言うなら。

本音まで一緒に笑い飛ばすな。

「まだ大丈夫」
「全然気にしてない」

その言葉の奥に、
ちゃんと“不安”があっただろ?

その小さな違和感を無視し続けたことが、
いちばんの問題だった。

認めるのは怖い。
でも、認めないまま時間が過ぎるほうが、もっと怖い。

動かなかった1年の代償

あの1年、俺は何もしていない。

調べもしなかった。
相談もしなかった。
行動もしなかった。

友達は動いた。
小さくても、ちゃんと対策を始めた。

差は、ある日突然つくわけじゃない。
何もしていない時間が、あとでまとめて効いてくる。

もしあの頃の俺に言えるなら、こう言う。

「怖いなら、なおさら動け」

あの1年の代償は、
想像より、少しだけ大きかった。

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