三か月目、止まったように感じた
三か月目に入った頃、正直に言うと心は少し沈んでいた。
二か月目のあの高揚感。
M字ラインに見えた産毛。
「あ、来てるかもしれない」というあの震えるような希望。
あれがピークだったんじゃないか。
そんな疑いが、じわじわと広がっていた。
鏡を見る回数は減らなかった。
いや、むしろ増えた。
朝の洗面台。
会社のトイレ。
コンビニのガラス。
風呂上がりの真正面の鏡。
光の角度を変え、
距離を変え、
頭を傾ける。
でも――
「増えてない気がする」
抜け毛は減っているような、減っていないような。
M字は進んでいない。
でも、前に進んでいる感覚もない。
停滞。
この言葉が頭から離れなかった。
SNSで症例を漁る。
“半年で激変”の写真を何度も見る。
そのたびに思う。
俺、遅くないか?
このまま変わらなかったら?
この金、無駄になるんじゃないか?
期待が大きかった分、
静かな現実は、思った以上に不安だった。
それでも薬はやめなかった理由
不安はあった。
でも、やめる選択肢はなかった。
薬は毎日、夜に飲んだ。
歯磨きのあと。
もう完全にルーティンだった。
「今日はいいか」は、一度もなかった。
なぜか。
簡単だ。
ここでやめたら、また逃げる自分になる。
これまでの人生、
何かを続けきった経験は多くなかった。
でもこれは違う。
自分の見た目、自分の尊厳、自分の未来に関わる戦いだ。
誰も強制していない。
親も、会社も、恋人も関係ない。
これは、自分で選んだ戦い。
だからこそ、
やめる理由より、続ける理由のほうが重かった。
「今は停滞しているだけだ」
そう自分に言い聞かせながら、
小さな錠剤を飲み込んだ。
四か月目、変化は“量”ではなく“質”だった
四か月目のある夜。
風呂上がり、タオルで髪を拭いて、
何気なく前髪を持ち上げた。
「あれ……?」
M字のライン。
量が増えた、とは言えない。
劇的な変化でもない。
でも――
輪郭が、はっきりしている。
産毛の頼りなさとは違う。
細いけれど、芯がある。
前よりも“そこに存在している感じ”があった。
これは、数字じゃ測れない変化だ。
後退していない。
これだけで、どれだけ救われたか。
二十代半ばで、
進行が止まっている。
それはもう、
絶望の坂道を転げ落ちる人生ではないという証明だった。
半年目前、勝ち筋が見えた瞬間
四か月目のある夜。
風呂上がり、タオルで髪を拭いて、
何気なく前髪を持ち上げた。
「あれ……?」
M字のライン。
量が増えた、とは言えない。
劇的な変化でもない。
でも――
輪郭が、はっきりしている。
産毛の頼りなさとは違う。
細いけれど、芯がある。
前よりも“そこに存在している感じ”があった。
これは、数字じゃ測れない変化だ。
後退していない。
これだけで、どれだけ救われたか。
二十代半ばで、
進行が止まっている。
それはもう、
絶望の坂道を転げ落ちる人生ではないという証明だった。
そして襲ってくる“費用”というリアル
だが、もうひとつの現実があった。
金だ。
診察代。
薬代。
血液検査。
毎月、数万円。
半年でいくら使った?
計算したくなかった。
「髪を守るために、こんなに払うのか……」
効果はある。
それはもう認めている。
だからこそ迷う。
続けるのか?
このまま、ずっと?
誰にも相談できなかった。
薄毛の話はまだ笑える。
でも、金の話は笑えない。
将来の貯金。
遊び。
自己投資。
すべてと天秤にかかる。
守れている。
でも、軽くなっているのは財布だ。
この現実が、じわじわと重くのしかかってきた。
次の一手を考え始めた
その頃から、ある言葉が頭をよぎる。
個人輸入。
同じ成分。
同じ作用。
価格は数分の一。
怪しい?
リスクは?
自己責任?
もちろん不安はある。
でも俺は、もう“効果を知らない男”じゃない。
効くことは分かっている。
続ける価値があることも分かっている。
問題は、方法だ。
守る方法は見つけた。
次は、続ける方法を選ぶ番だ。
この半年で得たのは、髪だけじゃない。
自分で選択する覚悟だ。
そして俺は、
次の一手を打とうとしている。
▶ 次回予告
クリニックを離れる決断。個人輸入という賭け
ここからが本当の意味で、
“自分のAGA対策”になる。



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